| ミドルの挑戦 ・「おらだりのご神木」 さーけんせってみね会 小山 洋史 |
| これは、平成11年10月17日に 農協の2階でひらかれた「まちづくりフォーラム」でさーけんせってみね会を代表して小山が体験発表した時の要旨です。さーけんせってみね会の活動の一つの考え方として興味のある方はご覧下さい。 |
会社では中堅どころで責任もあり、子供にはまだ手がかかりお金も時間もない。
そんな中年ど真ん中の面々があえて何かに挑戦しようとしている。ということなんでしょうが、私にはどう見てもミドルの挑戦というよりはみだらな挑戦としかいいようがないと思います。
なぜ、みだらな挑戦か?
それをいう前に「伊勢町さーけんせってみね会」というのは何か、今までどんな活動をしてきたのか、そのへんからお話ししたいと思います。
その名前ですが、お聞きの通りいいかげんです。あんまりいい加減なんで町内の有力者からは名前を変えた方がいいとさえいわれました。
さらにいいかげんなことは、この会にはいまだに会長がいません。作ってないのです。
やろうとする内容によって会長的なことをできる人がやればいいということです。
また、会費もありません。必要なときに必要なだけ徴収します。
入るのも出るのも自由です。
そんないいかげんな会がやろうとしていること、それは
自分たちが日常住んでいる町、これを少しでもよくしていくにはどうしたらよいか。
それを文化的な面から掘り起こし、今まであって失われつつあるもの。すでに失われてしまったけど記憶にとどめておきたいもの、できれば復活したいもの。そしてこれからの子供たちになにを残してやれるのか。そんなことをテーマに自己満足でいいから自分たちの足下からものを見ていこう、とりあえずせってみねかい。ということで活動が始まりました。
具体的に今までの活動をお知らせしますと、まず区民のみなさんに見ていただけるような情報誌を作りました。
昼行灯といいます。あんどんというのはあかりの博物館へ行きますと様々な行灯を見ることができますが、昔の人はボーとしている人、用もないのに昼間行灯をつけている間抜けな人を「昼行灯」と呼んでました。
まさにおらダリのことだなということで名前を昼行灯と付けました。それは創刊準備号が発刊されましたが、未だに創刊号が出てません。いいかげんですね。
つづいて「伊勢町に残る商号」と題して小冊子を作りました。
これはかつておおくの家が商売をやっていたことがあり、その時の商号(ヤマキとかマルヤマとかマスイチ)を調査し、その由来を聞き書き留めたものです。
これもお互いとっても勉強になったような気がします。
最近では年寄りが秘蔵している古い写真をお借りしてきて展示し、「懐かしの写真展」
を開きました。
そのほかアイディアとしては、街角童話館、軒下美術館、庭木の文化誌、土蔵お宝発見
等々いろいろあるんですが、そうこうしているうちに 昨年の台風でケヤキが倒れ、
皇太神社本殿をつぶしてしまった。そこでその再建費用、近隣家屋の賠償等でやむなくケヤキを切らなければならなくなってしまったのです。
伐ることへの賛否はいろいろあるが、私たちの力の及ばないところできめられ、伐られてしまった。
それでもご神木が伐られるということで、何とか記念に何か私たちの力でできることはないだろうかということになってアイディアの一つとして、業者が残していったケヤキの枝を利用して表札を作り、町の住民に配ろうじゃないかということになって、明日燃やしてしまうというその前の日に急遽トラックで3台くらいのケヤキの枝をもらってきたわけです。
そして後には450年の年輪を刻んだ大きなとっこが残されたわけです。
それを見たらそのままここで朽ちさせてしまうのももったいないことじゃないかなんとかみんなの力で切り出して町のシンボルにしようじゃないかという声があがり、どう考えてもみだらな作業が始まったのです。
とっこを伐りあげたら後もことは考えていなかったのですがそれをみんなで磨き、御輿にして担ぐことができたら町民総参加の手作りのお祭りができるのではないかと夢を持っている次第です。
その大変さは言葉では言い表せません。具体的な苦労話は次の現場での分科会に参加していただいて、実際にきこりの体験していただいくなかで知っていただきたいと思います暖かい甘酒もご用意してあるそうですので百聞は一見に如かずです。
ここにもちだしたる鋸は会員の一人が汗とずくと知恵を出して作った手作りの鋸です。これを使って是非みなさん体験してください。
そのなかでまた利用法についてのアイディアをいただければ幸いです。
本当に感謝したいのは、我々ど素人が無謀なみだらなこと作業を何とかやってこれたのも、プロの方の支援があったからです。
けやきの大枝をボランティアで製材してくださっている大島の岡田建築さん。同じくボランティアでとっこを伐ってくれてる中野のきこり畠山さん。それから様々な方々の物心両面でのご支援をいただいておりますことにこの場をお借りして御礼申し上げたいと思います。ありがとうございました。
いま価値観の多様化ということがよく言われます、それでもほとんどのものの価値をはかるものさしとして一番便利なものがあります。みなさんおわかりの通りそれはお金
です。
話は飛びますがこの間息子の小学校の文集を読んでました。そこに「将来なにになりたいか」というところがあってそれぞれ将来の夢をかたっている欄がありました。
男の子はパイロットとか医者、プロ野球あるいはサッカーの選手、女の子は看護婦さんとかスチュワーデス、花屋さんとかいろいろありました。
さて、自分の息子は将来なにになりたいんだろうと期待に胸をわくわくさせながら見ました。そこにあったのは「金持ちになりたい」でした。
がくっときました。誰がこんな教育をしたんだ親の顔が見たいと思いました。
先生も将来なにになりたいかじゃなくて将来どんな職業に就きたいかと質問してくれればよかったのにと思ってしまいました。
でも気持ちは分かりますよね。みんなそうですもんね。でもなんか違いますよね。
世の中にはお金が唯一絶対の価値を計る物差しではないんだということを子供たちにどう教えていくのか。
これは大変なことではなかろうかと思います。
ただやっぱりこんなばかなことをやっているという姿をみせておくしかないのではという気がします。
そして将来子供たちが 大きくなってやっとその意味が分かるのではないでしょうか。
最後にせってみねかいのことに戻りますと、実はわれわれの会は現在14名おるわけですが、今私たちがケヤキを切っていることに対して仲間内で全員が賛成というわけではありません。若干一人だけこんなことをしている意義がわからない。自分はやりたくない。といって決して参加しない人がいます。
私が経験したいままでのほかの会の中でそんなことをいったらもうけんかですよね。
みんなが一生懸命やっているのにおまえだけなんだということで
日本人は特に戦後変な平等主義がはびこってちょっとでも出ようとする釘があればすぐうとうとする中で、この会はみんなのやっていることに水を差すような意見でもふつうに受け容れてしまう。せってみなかいなんだからそういう意見もあってもいい、できるとき、できることをやってもらえばいい。ということで認めてしまう。
これはある意味ではすごいことのような気がします。
この会のあり方、やり方というのは今後の町づくりのあり方、やり方の大きな手本になるのではないでしょうか?
と大きなほらをせってみたところで終わります。
ご静聴ありがとうございました。
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